日々生きていてなぜかわからないけど生きづらさがある。
生きづらさをどうにかしたい
自己否定ばっかしてしまうのをやめたい
そんな人も今の世の中多いんじゃないでしょうか。
そんな人たちにむけて、僕が実際に5年ほど生きづらさに向き合ってきた経験から生きづらさの原因と対処法を語っていきたいとおもいます。
■生きづらさの原因は恥だった
□1-1.あなたにはどんな生きづらさがりますか?
生きていていろんな生きづらさがあると思います。
人の目が気になる。自分は何をやっても駄目だ。過去の嫌なことが忘れられないなどいろいろなことがあると思います。
事実僕自身も生きづらさの塊みたいな人間で、なんの自信もなくただ人の顔色を窺って合わせるだけの人間でした。
頼まれたことは断れずいつもいっぱいいっぱいになっていました。
□1-2.生きづらさの原因は恥にあるかも?
生きづらいとはそもそも感情であると思うんですけど、その感情って言葉で表すとなんだと思いますか?
生きづらさは、、悲しみ、怒り、罪悪感、僕はどれもいまいちしっくりきませんでした。
しかし生きづらさの原因は恥にあると聞いたとき、それはあるかもしれないなと思いました。
僕は小さいころにそれはダメだよとか、そんなことしちゃいけないよとかをたくさん言われてきました。
そんなときに僕は、小さいながらも僕はダメなことをしているんだ、僕はダメな存在なんだと恥の感情を抱いていたような気がします。
それは大人になっても続き、どこかで自分は人と比べてダメな人間、恥ずかしい人間という思いが心にありました。
その自分のことを恥ずかしいと思う感情が生きづらさを招いている気がします。
□1-3.恥ずかしさを超えるには恥ずかしいことをするしかない
生きづらさを乗り越えるには、その恥ずかしい感情をどうにかするしかありません。
結局のところ僕は恥ずかしいを乗り越えるには恥ずかしいことをやるしかないと思います。
そしてその恥ずかしいことの中に自分の本当にやりたいことが隠れているんじゃないかと思います。
最初は小さなことでもいいと思います。こんなこといったら恥ずかしい、なんか思われる。それ言ってみましょう。
そうやってちょっとづつ恥ずかしいのハードルを乗り越えていきましょう。
恥ずかしいのハードルがたくさん乗り越えれるようになったら、いつの間にか生きづらかったあなたはどこかにきえていると思います。
恥ずかしがって隠れてないで、表舞台へと歩き出しましょう。
参考文献