ギャンブル依存症になるまで⑤大阪編

そんなわけで、居酒屋で働くことになった笑悟ですが、その居酒屋は、挨拶の声が馬鹿でかい!

 

いらっしゃいませからありがとうございましたまで全力!この体育会系のノリ嫌いじゃない!!

 

もともと中学のころ野球部だった僕は大声を出すことはむしろ好きなほうだからよかったです。

 

あとは問題は接客ですが、店長がかなり厳しくてお客のドリンクが少しでも減ったら、おかわりいかがですかと聞けとのこと。僕の感覚ではそんなにせかしたらうざいやろと思ってたんですが、営業中にらむように従業員のことをにらんでいるので仕方なくおかわりを聞くものの内心はめっちゃ嫌でした。

 

大阪のノリなのか、社員のわけのわからんおっさんおばさんをお父ちゃんとお母ちゃんとニックネームをつけていて、お父ちゃんとお母ちゃんと呼んでいました。

 

ちなみにお父ちゃんからは、すぐに返すからといってづるづる10万ぐらい金を貸してしまいました。

 

そんな中でもいいこともありました。従業員が若い女の子ばっかでした。ひとりめっちゃ可愛い金髪の女の子がいてその子とごはんいったりして楽しかったです。

 

ただ救いはそれだけで、冬の時期になって売り上げが落ち込むなか、店長の目もしだいに厳しくなっていきました。

 

そのストレスやプレッシャーで営業中に運ぶお皿を俺は絶対落としちゃいけない。心の中で落とすぞ落とすぞとプレッシャーをかけながら落とさないように気を付けるという謎の心理状態まで追い込まれていました。

 

そんな状態が続くわけもなく、ある日に体がおかしいとおもって店長に休みの電話をしたら、代わり見つけてないの?といわれてすいませんと涙ながらにあやまり、それでもからだがおかしいので病院にいかなくちゃと街をさまよったあげく、追い込まれている自分にきづきこころの電話みたいなところに電話しました。そしたら暖かくして寝てくださいみたいなことだけいわれてトホホでした。

 

そっから風呂にはいって暖かくしても寝れず親に電話したら知り合いが大阪にいるからその人のとこにいきなさいとのことでした。

タクシーを呼ぶために町にでても途中記憶がとんでたりトホホでしたが、なんとか知り合いのとこまでいきました。その日か次の日か病院にいきましたがうつ病と診断されました。

 

大阪でもらったものはでかかった。。。さよならお父ちゃん、お母ちゃん。。。続く

 

まとめ

ギャンブル依存症克服体験談【まとめ】 - ギャンブル依存症克服、彰悟のブログ

 

 

ギャンブル依存症克服体験談をもとに会話ベースで小説風に仕上げてみました。